ことばの化石

 化石というのは、昔の生き物がなんらかの原因によって地層に閉じ込められてしまったもので、長い年月を経て遺骸の多くは肉を失い、骨だけになって、地の底に眠っているのだけれど、思い出と思い出の間に閉じ込められた言葉も、そんな風に時々死んでしまう、死んだ言葉はやっぱり肉体を失って、意味すらも不明になってしまって、それでも骨だけはなんとなく残っていて化石になっている、偶然なにかのきっかけで、ことばの化石が記憶の表層に姿を表わすことがあって、とても不思議な気持ちになるんだけど、シャディーのサラダ館の話です。

 働いている時に、お世話になっている先輩が相棒で、何か話したいけれど特に話すべき話題もない、記憶の野っぱらを歩き回って何か活きのよい話はないものかと周囲を見渡すと、なにやら怪しげな地層が見えている、近づいてみると、どうやら化石が埋まっているようで、腰に吊るした小さな鞄からハケやノミを取り出して発掘すると、シャディーのサラダ館だったので、眉間を押さえて長考したのち、シャディーのサラダ館って知ってますか、と、つい口に出してしまう。

 シャディーのサラダ館を知らない人に、シャディーのサラダ館を説明するのは物凄く難しいことだと思っていて、シャディーのサラダ館を知っているという人ですら、シャディーのサラダ館が何をしているお店なのかよく分かっていないということがとても多い。かく言う僕もシャディーのサラダ館の正体を、つい最近までまるで知らなかったのに、何故か知っているつもりになっているという、みうらじゅんみたいなお店だった。

「知ってるよ」と先輩は言う。
 そして歌い出すのである。

「シャディーのサラダ館
「ちいっさな お・み・せ」
「あれこれカタログ ショッピング」
「オシャレ」
「シャディーのサラダ館
「フフン」
「フフンフフフフン」

 僕は笑っている。シャディーのサラダ館のCMの歌を、最後まで歌える人に出会うことは、とても嬉しいことだった。いつのことだったかもう、覚えてもいないくらい昔の、子供の頃に僕はその曲をテレビで何度も何度も聴いて、歌い、友人や家族の間で共有し、みんなで口をそろえて、
「なんなんだろうね、シャディーのサラダ館って」
 と言い合った記憶が蘇り、ことばの化石は今、再び血肉を伴った実体として眼前にまざまざと浮かび上がってくる。シャディーのサラダ館のことは知らなくても、シャディーのサラダ館のCMの歌を知らない人はいない、これはひとつの「大きな物語」だった。何世代か前の大人たちにとってそれは「戦争」だったし、ちょっと前の世代にとっては「学生運動」だったかもしれない。しかし僕と先輩は今、はからずも、「シャディーのサラダ館」で「時代を共有」することが出来ることを認識し、証明してしまった。
 みんながポケットに入れて置くものは、シャディーのサラダ館の歌くらいがちょうどいいと思っている。情報が氾濫し、交通インフラは成長を続け、海外のことを知る機会も増え、気軽にどこへでも行けるようになった昨今、多様性をいかに解釈すべきかという意見も聞こえるようになって、そのひとつの答えとしてシャディーのサラダ館の歌は(主にその無意味さと、ほのかな面白さ、記憶に残ってしまう強靭なメロディーなどによって)僕の中ですごく注目されている。

 先輩は、シャディーのサラダ館を、ギフトショップでしょ? と簡明に表現し、大人の余裕を見せていて、僕はひどく納得した。シャディーのサラダ館ってギフトショップだったんだ、雑貨屋だと思っていた、と長い年月を経てその正体を見たつもりになった。しかしながら、シャディーのサラダ館の本質は、シャディーのサラダ館の店舗や業種や商品には無くて、やはりシャディーのサラダ館の歌にこそあるのだと思う気持ちは変わらない。
 シャディーのサラダ館は現存しており、日本の各地に店舗がある、ということも、先輩との検索作業によって判明したことのひとつで、何故か胸が締め付けられる思いだった。とっくに絶滅したと思っていた巨大な飛べない鳥が、裏山の林からひょっこり姿を現したような、そんな気持ちだった。おばあちゃんの家の、自由に開けていい戸棚を開けたら、いつのだか分からない「ぬ~ぼ~」が入っていた時みたいな、そんな気持ちだった。ぬ~ぼ~も、シャディーのサラダ館と同じ地層に眠っている、ことばの化石のひとつだった。

 僕が住んでいた故郷の空は灰色で、コンビニなんかなくて、町に住んでいる子供はどこかおかしい子が多かったのだけれど、そんな町に、僕の空想でなければ、シャディーのサラダ館は在った。白い木造の壁で、二階建てで、正面入口はガラス戸だった。入口の上には店の名前を記した看板が出ていて、誰はばかることなくおしゃれだった。日本ではないかのような外観で、故郷の町には似つかわしくなく、浮いていたけれど、だからこそ一種の魔的な魅力があり、入ってみたく思うのだけれど、入る勇気は誰にもなかったし、姉に聞いてみても「何屋だかわからない」と言うばかりで、おそらく父も母も、それがなんなのか分かっていなかったはずで、おしゃれな聖域として町の住人は遠巻きに見ているばかりだったのだけれど、そうしているうちにいつの間にか潰れてしまい、看板は取り外され、ただの白壁の二階建ての家になってしまった。話しかけてみたかった転校生が、話をする前に転校してしまったみたいな、ちょっと寂しい気持ちを思い出したりなどして、大人になった今だからこそ、僕は普通の顔でシャディーのサラダ館に入ることができると思う。
 意味の無さそうに見えることばの化石が、僕は大好きで、だからそういうものを、もっとたくさん見てみたい。

 

今週のお題「ブログ初心者に贈る言葉