「母が子供たちとの繋がりを欲している」と緊急の連絡が来たのは昨晩の20時頃だったろうか、図書館から帰ってきたタイミングで実姉から連絡があり、大変混乱した。あの母が寂しがっているなんて信じられないという気持ちだったけれど、それもそうかとすぐに思い直し、もう二三年も会っていない。父も母も嫌いではないし、会いに行ってあげたい気持ちをいつでも持っているけれど機会がなかなか無く、お金もたくさんかかるので二つ返事で飛んでいくということも出来ない。そのままずるずると疎遠になっていたところへ、随分率直なやり方で「繋がり」「不安」などの感情の噴出を表現したらしく、実姉の声も心配によってか心なし沈んでいるように思われ、僕としては大変オヤオヤという気持ちになる。
「母の気を鎮めるために電話してやりたまえ」と実姉が言い、電話することを約束して一日は静かになった。
 夜、中学校の頃の同級生が、僕の家の前の土手に立っていた。季節はおそらく夏で、もの凄い日差しであらゆるものの輪郭が白く飛んでしまっているくらい、空はごくうすくほんのりと青色で、土手の斜面には背の高い金色の稲みたいなかたちの雑草が生え乱れていて獰猛だった。僕と同級生は抱きしめあった。懐かしい気持ちでいっぱいになった。同時に、心のどこかでは不安を感じていて、なんとなくこの世界は不当なものだという予感があった。朝、換気扇の下で煙草を吸いながら同級生の名前を検索してみたらFacebookの自己紹介のページが表示され、主婦でママです、と書いてあった。死んでしまった人の夢を見る時、忘れていた事を思い出した時、目の前に広がっているリアルはくっきりと鮮明で悪夢より悪夢で、それでも僕が生きているってことはスーパーラッキーであり、どこかのご母堂もたぶん、元気にやっているんだろうから言うべきことはただひとつ、たいへん恥ずかしい夢を見た。
 会社からの帰り道、コンビニでビールを買ってからスマートフォンを出してダイヤルする。長い呼び出し音の後、電話に母が出てどうしたのかと尋ねてくる。
「べつに、どうしたってこともないんだけど」から始まる傷だらけのCDみたいな会話の途中で母は「そんな辛気臭い声出すんじゃないよ、別に切羽詰まってるわけでもなし」と言い、僕はとても素直に、ああ、やっぱり母は寂しかったんだなと思った。今年の夏は故郷に帰ってみようと思う。お墓に線香をあげたいと思う。家の前の土手を写真に収めようと思う。ひとつびとつの懐かしさとか寂しさ全部にとどめをさして、それでもたぶんちゃんと次の日がくるはずだから、やっぱりそれはスーパーラッキーなんだろう。

心の形

 手の先、足の先がしんから冷たくなっている。冷たくなった手足の末端は感覚に乏しく、南国のフルーツの果肉みたいになんだかぶのぶのしている。わたしはただのお肉です、と言っているかのような感じがしていて、人間というものは勿論精神のみで構成されているわけではなくて液体としての血が流れており、かつ肉としての筋肉脂肪があってはじめて、人間というものなのだな、"手のひらを太陽に透かしてみれば真っ赤に流れるぼくの血潮"などのプリミティブな感想を抱く機会は生活の中にあり、冷え性の詩、勝手にみつける。
 先日来、宮沢賢治氏の著作を青空文庫にて探し読み漁っており、基本的に泣いている。なんだかよく分からないけれどイギリス海岸というエッセイ様の文章を読んで、子供たちに教えを授ける教師と、奔放に遊ぶ子供たちの描写にいたく感動させられ、慈愛とやさしさと、同じ場所から滲み出てくる深い悲しみのような気持ちは一体なんなのか、浅学非才な僕には、凡庸凡夫な僕には、五里霧中な僕には、やっぱりよく分からないのに、わかる。子供が怒って、一生懸命、顔を赤くして怒鳴っている、というような描写を見て、全く泣く場面でも無いのに涙がぐわんぐわん出てきて、人が一生懸命になるのって、どうして涙が出るんだろう。特に子供が怒っているシーンは、ひときわ悲しい。やりきれない気持ちを僕の心の奥の方が覚えているからかもしれない。
 小学校の低学年の頃、僕は注意力が散漫で、あらゆる忘れ物をし、あらゆる失くし物をして先生に、両親に叱られてやはり泣いている。友達のうちから帰ってきて、家で不意にゲームボーイのカセットが無いことに気が付き、頭の先から爪先まで青くなって、唇噛み締めながら家を飛び出して、必死に地面を睨みつけながら帰路を何往復もする、通りかかる老人達の奇異の目を気にしながら、半泣きの表情で世の中のあらゆる物を憎悪しながらアスファルトと生い茂る雑草の隙間を見つめて歩く。次第に日が暮れて町はオレンジ色に染まって、心配していたであろう母親の姿が遠く道の果てに姿を現した時、今度こそ絶望して自分は本当に大切な物を失ったんだと思ってもうこらえきれない。純粋な傷としての血が流ればよかったのに、馬鹿みたいな感情が雫になって頬から垂れてアスファルトに小さな染みを作って、それが自分で情けなくて悲しくて、気がつくとすぐ近くまで来ていた母親が「また新しいの、買ってあげるから」と言った時、確かにあの瞬間、僕は人生に敗北した。様々な思いが膨大な質量のノイズになって頭と胸の中に溢れて胃の奥で新しい真っ白な星が天文学的な衝撃を伴って生まれたのを奥歯で噛み殺して夕焼けの土手を、母親と並んで家まで帰った。
 今となってはゲームボーイのカセットなんて一度に10個でも買えるから、無くなるものは無くなってしまうのだと分かってきたので、子供時代のような激情は滅多に感ぜられなくなったけれど、記憶や感情というのは思いも寄らぬきっかけで発火することがあり、今日は図書館で雑誌を読んでいたんだけれど、道中、僕は新しいコートを着用していて、なぜだか自意識が過剰になってしまう。新しい真っ黒なコートを着て17時の町を歩いていると、たくさんの人とすれ違い、そのたびに自分の格好が変なのではないかなあという思いに囚われ、恥ずかしくない理論ならもう二桁年前に完成させていたけれど、五人目のあたりまでやはり反射的に気になる。おかしかろうがかっこよかろうが、他人の意見など聴けないのだから無いのと一緒なのに、気になってしまう繊細な魂を、セカンドストリートに売りにいきたい。閉館間際の図書館で、本に囲まれていると完全に心が落ち着いてきて、最終的には、賢治氏の文章を読んで感じる気持ちを受け止められる心と、新しいコートを着てなんだかびくびくしている心が一緒のものなのだとしたら、全部込みで自分のものにしてしまってもいいかと結論を出した。心には決まった形なんて無いから、心なんだろう。

休日と友達

 休日で、朝から体の調子が不自然だったので、もしかすると自分は風邪を引くのではないかという予感があり、喉や鼻の軽微ないがいがや、部屋の空気の匂いが何か風邪のようなところがあるのを鋭敏な五感が感知し、今日は一日完全休業してベッドの中で目を開けて天井を見つめながら「元気になったら海に行こう」と想像して過ごそうと思っていたのだけれど、何故かパソコンに向かってオモコロの匿名ラジオを聴きながら「象れる力」の続きを読みながらビールを飲んだりしている間に体の不調が全快してしまう。昔の人は酒は百薬の長と言ったそうだけれど、実際に酒は体の不調を治すのではなく、酒を飲んで五感が鈍り、そのために不調が感じられなくなるから、治った気がするだけなんじゃないのかとふと思い、嘘のように痛みが消えるという現象は不健康だった。不健康で快適な僕がページをぱらりぱらりとめくっていると友人のIくんから半年ぶりにメッセージが届き、「これからドラゴンボールの映画を見に行こう」という内容で、ドラゴンボール、まさか成人してからドラゴンボールを見にゆこうよと言われるとは思ってもみず、ゴクウ、ゴハン、ゴテン、ベジータ、トランクス、ブルマなどと唱えつつ「そうしよう」と返信してしまう。池袋に18時に来てくださいというから、風邪っぽいことなどすっかり忘れて風呂に入り着替えをし空き缶をゴミ箱に捨てたのち、靴を履いて部屋のドアを開けた時、冬の、爽やかないい匂いがしている。小雨の降る空は薄い灰色で、風は無く、どこかで怒り狂ったドライバーがクラクションを連打している音だけが静かな町に響いていた。
 池袋の駅前をぶらりぶらりと歩き回っていると、東口の喫煙所の前の小さな広場に女の人が立っていて、小柄でショートカットだった。手にマイクを持ち、小型のスピーカーの前で「皆さんはじめましてこんにちは! 私はこれから……脱ぎます!」と宣言をする。何かの聞き間違いかと思っていたらするすると上着を脱ぎ、ズボンも脱いで、肌色の全身タイツ姿になった。思わず立ち止まって見てしまって、そのうちに彼女が全身タイツで歌うことを芸としているパフォーマーであることが判明し、世界の広さを思い知らされてしまう。なんと言えばよいのか、山の中を歩いていたら茶色が続く地面に、突然真っ赤で巨大なキノコが生えていた時の驚きと、妙な嬉しさみたいな気持ちがあって、変わったものを発見した時って、どうしてあんなに嬉しいんだろうかと考えてみると、変わったものというのは貴重であることが多いという経験則が関係しているのではないかと思い、逆説的に貴重なものは変わったものが多いというだけなんじゃないかとも思われた。そういった考え事とは別に、彼女の卓越した勇気にはただ関心してしまったし、正直めちゃくちゃシュールだったので普通に笑う。
 駅前で顔を合わせたIくんは以前に比べて少し痩せたように見え、人生は色々あるなあと思いながら電車に二人、並んで揺られている間にとしまえんという遊園地のある駅に着いている。としまえんの横にある映画館に入って、ドラゴンボール超ブロリーの「4DX」のチケットを買う。4DXというものがどういうものだかよく分かっていなかったけれど、どうも座席が動いたり水が出たりする凄い装置らしく、それを聞いて何故ドラゴンボールなのかが分かった気がした。「座席が動いたりするからこそ、アクションが多いドラゴンボールなのだね?」「いや、俺はドラゴンボールが好きなだけだよ」開場時間が来て、二人で椅子に座って、劇場がだんだん暗くなり、本当に顔に水が飛んでくる。
 夜の荒川沿いの土手をIくんと歩いている。僕はその日もたくさんビールを飲んでいる。Iくんの腰にタックルをし、投げ飛ばされる。それを二度三度繰り返す。僕は川の斜面を転がりかけ、起き上がってIくんにぶつかっていく。「倒れかかってくる丸太のように投げやすい」とIくんは言う。それからIくんはバイクのエンジンを唸らす。間近で聴くバイクの排気音は、聴いているだけで腹筋が鍛えられそうになるくらい腹に響いてくる。後部座席に乗ると思っているより振動が激しく、発進すると加速で上半身が背後に引っ張られて恐ろしかった。そのまま温泉に入った。地面に敷いた布に絵の具で絵を描いている時、Iくんはタブレットを操作していた。うつろな目でワイシャツに何かのシミをつけたIくんはヤマダ電機の中から出てきて24の話をしはじめたので、カプセルホテルまでなんとか引きずっていく。古本ばかり置いてある居酒屋のテーブルにノートパソコンを広げてぽちぽちぽちぽちずっと何かを書いている。
 映画が終わって池袋駅に戻り 次は別な映画を見ようと言って、おそらく半年後にまた会うだろう友達と別れる。電車の中で風の又三郎を読む。

 

ことばの化石

 化石というのは、昔の生き物がなんらかの原因によって地層に閉じ込められてしまったもので、長い年月を経て遺骸の多くは肉を失い、骨だけになって、地の底に眠っているのだけれど、思い出と思い出の間に閉じ込められた言葉も、そんな風に時々死んでしまう、死んだ言葉はやっぱり肉体を失って、意味すらも不明になってしまって、それでも骨だけはなんとなく残っていて化石になっている、偶然なにかのきっかけで、ことばの化石が記憶の表層に姿を表わすことがあって、とても不思議な気持ちになるんだけど、シャディーのサラダ館の話です。

 働いている時に、お世話になっている先輩が相棒で、何か話したいけれど特に話すべき話題もない、記憶の野っぱらを歩き回って何か活きのよい話はないものかと周囲を見渡すと、なにやら怪しげな地層が見えている、近づいてみると、どうやら化石が埋まっているようで、腰に吊るした小さな鞄からハケやノミを取り出して発掘すると、シャディーのサラダ館だったので、眉間を押さえて長考したのち、シャディーのサラダ館って知ってますか、と、つい口に出してしまう。

 シャディーのサラダ館を知らない人に、シャディーのサラダ館を説明するのは物凄く難しいことだと思っていて、シャディーのサラダ館を知っているという人ですら、シャディーのサラダ館が何をしているお店なのかよく分かっていないということがとても多い。かく言う僕もシャディーのサラダ館の正体を、つい最近までまるで知らなかったのに、何故か知っているつもりになっているという、みうらじゅんみたいなお店だった。

「知ってるよ」と先輩は言う。
 そして歌い出すのである。

「シャディーのサラダ館
「ちいっさな お・み・せ」
「あれこれカタログ ショッピング」
「オシャレ」
「シャディーのサラダ館
「フフン」
「フフンフフフフン」

 僕は笑っている。シャディーのサラダ館のCMの歌を、最後まで歌える人に出会うことは、とても嬉しいことだった。いつのことだったかもう、覚えてもいないくらい昔の、子供の頃に僕はその曲をテレビで何度も何度も聴いて、歌い、友人や家族の間で共有し、みんなで口をそろえて、
「なんなんだろうね、シャディーのサラダ館って」
 と言い合った記憶が蘇り、ことばの化石は今、再び血肉を伴った実体として眼前にまざまざと浮かび上がってくる。シャディーのサラダ館のことは知らなくても、シャディーのサラダ館のCMの歌を知らない人はいない、これはひとつの「大きな物語」だった。何世代か前の大人たちにとってそれは「戦争」だったし、ちょっと前の世代にとっては「学生運動」だったかもしれない。しかし僕と先輩は今、はからずも、「シャディーのサラダ館」で「時代を共有」することが出来ることを認識し、証明してしまった。
 みんながポケットに入れて置くものは、シャディーのサラダ館の歌くらいがちょうどいいと思っている。情報が氾濫し、交通インフラは成長を続け、海外のことを知る機会も増え、気軽にどこへでも行けるようになった昨今、多様性をいかに解釈すべきかという意見も聞こえるようになって、そのひとつの答えとしてシャディーのサラダ館の歌は(主にその無意味さと、ほのかな面白さ、記憶に残ってしまう強靭なメロディーなどによって)僕の中ですごく注目されている。

 先輩は、シャディーのサラダ館を、ギフトショップでしょ? と簡明に表現し、大人の余裕を見せていて、僕はひどく納得した。シャディーのサラダ館ってギフトショップだったんだ、雑貨屋だと思っていた、と長い年月を経てその正体を見たつもりになった。しかしながら、シャディーのサラダ館の本質は、シャディーのサラダ館の店舗や業種や商品には無くて、やはりシャディーのサラダ館の歌にこそあるのだと思う気持ちは変わらない。
 シャディーのサラダ館は現存しており、日本の各地に店舗がある、ということも、先輩との検索作業によって判明したことのひとつで、何故か胸が締め付けられる思いだった。とっくに絶滅したと思っていた巨大な飛べない鳥が、裏山の林からひょっこり姿を現したような、そんな気持ちだった。おばあちゃんの家の、自由に開けていい戸棚を開けたら、いつのだか分からない「ぬ~ぼ~」が入っていた時みたいな、そんな気持ちだった。ぬ~ぼ~も、シャディーのサラダ館と同じ地層に眠っている、ことばの化石のひとつだった。

 僕が住んでいた故郷の空は灰色で、コンビニなんかなくて、町に住んでいる子供はどこかおかしい子が多かったのだけれど、そんな町に、僕の空想でなければ、シャディーのサラダ館は在った。白い木造の壁で、二階建てで、正面入口はガラス戸だった。入口の上には店の名前を記した看板が出ていて、誰はばかることなくおしゃれだった。日本ではないかのような外観で、故郷の町には似つかわしくなく、浮いていたけれど、だからこそ一種の魔的な魅力があり、入ってみたく思うのだけれど、入る勇気は誰にもなかったし、姉に聞いてみても「何屋だかわからない」と言うばかりで、おそらく父も母も、それがなんなのか分かっていなかったはずで、おしゃれな聖域として町の住人は遠巻きに見ているばかりだったのだけれど、そうしているうちにいつの間にか潰れてしまい、看板は取り外され、ただの白壁の二階建ての家になってしまった。話しかけてみたかった転校生が、話をする前に転校してしまったみたいな、ちょっと寂しい気持ちを思い出したりなどして、大人になった今だからこそ、僕は普通の顔でシャディーのサラダ館に入ることができると思う。
 意味の無さそうに見えることばの化石が、僕は大好きで、だからそういうものを、もっとたくさん見てみたい。

 

今週のお題「ブログ初心者に贈る言葉

 

エスカレーターで轟音を立てて転ばない

 もしか転んでも涙をぬぐわないということだし、あるいは頬を染めぬ、ということでもありますし、極論、無様な様子をなるべく見せたくない。というのは人間が動物や鳥獣畜生から離れようと努力してきた生物的な優越感の現れなのかもしれないけれど、モラルやマナーというのは安心安全平和のためにあって、動物のままだったら三分後にカジられて痛いかもしれず、買ったばかりの三角定規を盗まれ、バミューダトライアングルで泳がされ、クレンザーを振りかけられ、マカロンなのかマコロンなのかはっきりしないままに墓石の下に眠ることになってしまうの。そうならないようにルールやマナーがあって、先の者共に積み重ねてきてもらった窮屈と自由の狭間でちゃんと自分の利益も見えていたら頭を垂れることも自然なことであったから、それとエスカレーターで轟音を立てて転びたくないということとは、実はあんまり関係がないんだけれど、舌打ちなんかしたくないし、それをマナー違反だと思えるのだったら、転んだ時には真顔で立ち上がって光に向かって一歩を踏み出したような勇ましさで、気遣わし気な視線などにも不感症となってその場をやり過ごしたいと思う。悪童日記を思い出してみれば優しさも痛みになるんだなあみたいな感じは分かるし、人を改心させる時の言葉って否定ではなく肯定なのかもしれなかったから、ラブソングは売れるんだって大槻ケンヂさんが言うのは正しかったし、知能指数よりも心の知能指数が高いほうが働きやすくて生きやすくて世のため人のためになるんじゃないかなあって、流石に風呂敷が東京ドームくらいあるかもしれないから頑張って折り畳んでいきたいのだが、結論、恥ずかしさという気持ちを小さくしたいのである、ってランチョンマットくらいにまとまって携帯に便利だ。
 などと考えるのは、よくエスカレーターで転ぶからで、運動不足を自認しているから通勤時間くらいは歩き回ったり、電車で立ったりしようという努力の一端にエスカレーターの右側を歩く機会があり、つま先が段の端っこに引っかかって前のめりになり足がもつれて右側面の金属板にぶつかってガダダダンという激しい轟音を響かせながら昇り続ける階段に「ウッ!」などと割合雄々しい声を発して手をついてしまう時、ごっつ恥ずかしい。と同時に何か「やってしまった感」が脳裏をよぎって頭に血がのぼってしまう。運動不足だからこそ歩き回り、運動不足だからこそ体が自由にならず転ぶという、悪循環のリインカーネーションを、精神面から克服していこうとするのは間違っている気もしてきたから、素直にウォーキングだらランニングだらをするべきなのかもしれない。そういう根本的な努力をしない者が恥ずかしくない気持ちを手に入れたいなどと言い出すのだと相場は決まっているのであるから、恥ずかしがらない心を手に入れるなどと言う前に、運動がしたくなるようになりたいっていう、更に奥まったところにある欲求に目をつけて怠惰からのデカダンを手に入れられそうだった。散歩をしよう。
 しかしながら、いさぎ悪く恥ずかしがらない心を手に入れようとするなら、きっかけはエスカレーターでも、たとえば仕事で失敗をしてしまったとか、そもそも視線を浴びると赤くなるとか、衣服の裏表があべこべだったとか、押井守庵野秀明の作品を間違えながらずっと語ってたとか、そんな肉体運動が関係のない精神運動における羞恥を克服するという風に押し広げて考えることもできるから、面の皮を厚くするにはどうすればいいかって考えることはあながち悪いことばかりではないのではないか。言葉は悪いけれど。訓練をすることによってあがり症は治るのかもしれないし、恥ずかしさが脳裏に住み着いていると速やかに行わなくてはならない作業や行動に遅れが生じて悪循環のリインカーネーションが生まれることもあり、そうなると心の表面に瞬膜が生まれ、更に皮膚が生まれ、毛が生え、最終的に外骨格となってしまう。己の心を鎧う分厚いATフィールドが感情を阻害し、素直に笑ったり、悲しんだり、恥ずかしがったりすることができなくなってしまう恐れがあり、知らないうちに目的が達成されている。努力というほどでもないけれど、暴論、生きていればもうなんでも大丈夫なんじゃないのって、それは全然今年の抱負っぽくないけれど、その言葉の中に内包されてしまっているんだから、無垢寄りの無垢でとりあえず、今年は転ばないようにしたいです。
 

 

今週のお題「2019年の抱負」

 

年明けの空

 酒を飲みながら居間に寝転がって年末の特番を見ていたら年が明けていて、とても平均的だった。これがマジョリティなのだきっと、と帰属意識も無いくせにそんなことを考え、なだめていたのは予感だった。年末年始は楽しい、という予感が心を操作している。楽しいことをせよ、面白いことを捜索せよ、年に一度の概念と強固に接続する手段をみつけよ。それは教育の賜物だったし、消費への誘いでもあったし、社会人として要求されているソーシャルアティチュードでもあった。だからこその予感を拭いきれない、諦めきれないところに未熟さや未分化の、萌えたての心がある気がしているのに対処する方法が上手くみつけられなくて、最終的には時間が全てを洗い流した。クリスマスもバレンタインも同様で、祭りというより祭り感が要求する笑顔や態度が、結局は僕には負担なのだと分かりつつも、予感は空腹と同じ姿をしているから探索行動を取る、そういう自分が面倒だし、なんだか情けないなと思うこともあるけれど、おそらく枯れて空洞になるよりは少しだけ生きているのかもしれない。より悪化した先にあるのは狂い咲き仙人ロードであることは確かだから、何を喪ったかすら分からなくなるくらい失う前に、家を出ることは水面に顔を出すのとほとんど同様の価値しか無く、そらもう機械的側面です。メメント・モリさんと目が合うのですぐそらす。
 年明けの空は白色。まだ色の無い白紙に浮かび上がるのはロールシャッハテストだった。
しじみちゃん、俺には居場所が無いよ」というメッセージが来ていて、深く共感せざるを得ず、ともすれば昏くなりがちな文脈は冗談にすり替えられて解釈は拡大され脳と脳の間に敷衍される。生きていれば居場所を失うことくらいなんぼでもあって、そんな状況にだっていくらだって慣れることができた。孤独を至上にしてみたり、一瞬の繋がりに手を合わせて真言を唱えたり、フレキシブルであることが友人にとっても僕にとっても有り難くて、答えのないパズルだった。手を変え品を変え、名を変え性を変え、それでも生きることをやめなかったって、尋常なことなのに、バッドエンドを横目で見た時に感じたのは虚しさと安心で、そんなのは分裂しているからちょうどよくて、誰かが褒めるべきだったのかもしれないなんて結構本気で思う。個々人の中のダイバーシティを認めるなら一貫性は無いから自家撞着だって無い。肉体だってテロメアだって入れ替わって歳を取っていくから思想や性向が変わっても当たり前だった。居場所が無いと言う時、本当に居場所が無いのではなくて、居たい場所が無いだけなのかもなあとぼんやり考える。
 真っ白な空の下、ほてほて歩いてなんの気無しに神保町から靖国神社まで歩いて、境内に入ってみると長蛇の列だったのでそのまま秋葉原まで歩く。元旦の町はいつもより静かで爽やかだ。空気が澄んでいて、雰囲気が澄んでいる。秋葉原のお店の前の新春セールだの福袋だのと見ながら歩いていると、一体自分は何をしているんだろうという気持ちになり、欲しいものが何もないことに気がつき、自分はついに物体が何も欲しくないというところに居るということに気がついて、じゃあ何が楽しくて生きているのかと、割合真面目なことを考え始め、これはバッチバチに良くないことだから自らにスミノフなどを処方し、頭をなるべく凡倉の伽藍にしなければならんと思ったのだけれど、思考は尖りを増長させるばかりで、モンべのことなどを考えるも、結局は肉体がすこぶる元気で疲れてないってことが凄く重要だった。モンベのことを考える時、体が疲れていて精神が疲れている。逃避したい感がそこはかとなくある。けれど肉体および精神が健常な時は逃避などということは考えず、ひたすらに不満めいた思考が脳を占拠するばかりであったから、こんな状態の時のために夢or希望があるのだと知ってしまう。家路につきながら自らの好きなこと楽しいことを精査していると答えがあっさり出てきて安心などしていて、それが正月の、イチガツイッピであることがなんだか意味ありげで、年明けの空虚にもそこそこ意味があったなあ、なんてマッチポンプなブレイクスルーを微苦笑して見つめる他ない。あけましておめでとうございますっていう言葉がまったく空になった僕の昨今、やっぱりこうして白紙を文字で埋めている。

 

樹海ウォーカー

 樹海に興味があった。
 様々なフィクション作品に樹海は登場し、圧倒的に負の印象を残して去っていく。
 曰く、踏み入ると二度と出て来られない。
 曰く、コンパスの頭が狂う。
 曰く、溶岩がむき出しなので転ぶと血まみれになる。
 曰く、命を断ってしまった人の亡骸が割とみつかる。
 曰く、呪われる。
 曰く、幽霊よりも恐ろしいのは浮浪者である。彼らは樹海に村を作って住んでいる。
 実際には、どうなんだろうか。
 よくわからないけれど、色々な意見の中には偏見も含まれているんじゃないだろうか。
 百聞は一見にしかずと言うから、行ってみようではないか。
 折しも年末であるから、樹海のついでにフジヤマでも眺め、新春感などを出していこうではないか。
 なにかめでたい感じがするものな、富士山。

 未来のことが分からないのは人間が過去にしか生きられないからだった。目に映る映像は全てリアルタイムからほんの少しだけ遅れている。物体に光が反射して目に届くまで時間、目に映ってから脳に届くまでの時間、リアルタイムから置いてきぼりにされている。人間は決して本当の時間を直視できない。夜空に浮かぶ星はもう死んでいて本当は真っ黒なブラックホールになっているのかもしれなかったし、それを確かめられないことで近未来的な面倒が起こらなかったという事実の堆積が認識の基盤になっている時、遅れて見えている時間は平均的な感覚として共有されている。未来なんて見えたらおっかないよ、僕はそういう言い訳を過去の僕にしたい。しかし、きっとおそらくあるいはたぶん、船に乗って島に向かう未来もどこかにはあったんだろう。だからこそ、その未来と今の現在と昔の過去と、どの時間にも変化していく価値があるという点を評価するなら生きているだけで最高得点だった。可能性がゼロになった時、人間のルールは適用されることがないのだから、もうどんな状態でも肯定できる気がしていた。

 新宿バスタでバスのチケットを買った。
 綺麗な待合室には旅行者が溢れている。椅子は全て埋まっていて、バス乗り場とチケット販売所があるフロアのコンビニには長蛇の列が出来ている。人々の目は死んだ鯛のように白く濁っている。とげとげした空気は今にも爆発しそうだった。フロア全体に心が優しくなるBGMを流すべきだった。「たとえばぼくが死んだら」とかが良いと思う。お客さんがみんな「たとえば僕や私や俺やわてが死んだら」と考えることによって、お互いに優しくなれる。ドン・キホーテのBGMと同じ手法である。ドン・キホーテで何をしたかは全然覚えていなくてもBGMが楽しいので全て丸く収まるのである。

 河口湖行きの高速バスに乗って窓をずっと眺めていたら富士山が見えてきた。
 なんだか途方もなく巨大な山である。調べてみると、3776mもあるらしい。
 現在、人間が完成させた高層建築物の中で一番高いものは、ブルジュ・ハリファというビルで、高さは828mだそうだ。でもそのうち富士山よりも高いビルができるかもしれないし、富士山の横に機械の富士山ができるかもしれない。すると人間は永遠の命を与えられてネジになってメカ富士山を建築するための資材になることになるのだろう。そんな社会のメタファーを現実に置き換えて考えてみると今は嫌だなあと思うけれど、群れで生きるということを徹底した自然界も同じようなことをしているから結果として幸福の形なのかもしれない。であるならば、より良いネジになりたいと願うのかもしれない。あるいは自分がネジになっていることすら、誰も気づかないのかもしれない。

 河口湖駅にバスが着いた頃には、日が暮れかけていた。恐ろしく寒かった。念の為厚着してきたけれど、それでも寒くて肩に力が入る。マップアプリを頼りに予約した宿まで急ぐ。河口湖周辺の町並みは故郷に似ている。けれど、どこかからりとした雰囲気がある。海が無いからかもしれない。四方を山に囲まれた空間は、あたたかみがある。生き物の気配がある。迷わずにホテルに辿り着くことが出来て、自分の部屋に荷物を下ろした後に大浴場に向かった。放っておいたら風邪をひいて40℃の熱が出て幾何学模様の幻覚が見えて可能性がゼロになると思った。大浴場は洗い場が三つしかなかった。でも、お湯はきちんと熱かった。洗い場のシャワーヘッドがなかなかファンキーなやつで、お湯がめちゃくちゃなところに飛んで行く仕様だった。部屋に戻ってカーテンをちょっとめくってみると、向かいの2階建ての建物の上から、富士山が覗いていた。

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夕焼けをバックにして立っていた。大きいものを見ると楽しい気分になるのは何故だろうか。ゾウでもキリンでもボブサップでもスカイツリーでもホールのケーキでもいいんだけれど、大きいものを見るのは楽しい。

 周遊バスに乗ってコウモリ穴という場所に向かった。コウモリが住んでいる穴があるらしかった。バスから樹海が見えた。マップに照らし合わせてみたので、たぶん合っていると思う。樹海は何だか異様な見かけをしていて、山から切り離された背の低い木の集合体だった。平地部分にみっしり木が生えている。はじめて見たので、少し感動した。こんなに唐突に、なおかつはっきりと分かる外見だとは思ってもみなかった。

 コウモリ穴は期間外で見学できなかった。そのかわりクニマスという魚の資料館みたいなものがあったので入った。客は僕と子供二人と、その母親だけだった。ガラスの筒に入っているクニマスを見ていたら女の子が寄ってきて僕の手を握って引っ張った。なんだなんだと思って着いて行くと、前の方を歩いていた男子と母親が振り返り、女の子に向かって「それお父さんじゃないよ」と言った。なるほどなあと思って笑ったら、女の子は絶叫してどこかへ逃げて行った。気持ちが痛いほど理解できたので、すぐに資料館を出た。

 樹海に入った。

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 樹海を出た。
 西湖というすてきな湖に出た。富士山がすごくはっきり見える。日差しがあたたかい。とてもいい場所だったので、リュックサックからおむすびを出して食べた。

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それからふと思いついて、富士山を眺めながら電気グルーヴの『富士山』を聴いた。その瞬間、僕はこれをやるためにここに来たのだとはっきりと理解した。富士山を見ながら富士山を聞く時、相互作用で富士山の理解度が飛躍的に向上する。嬉しくて楽しかったのでひとりで笑っていた。電気グルーヴって本当に凄いなあと思った。富士山の歌詞はほとんど「富士山」だけだし「高いぞ高いぞ」とかものすごくストレートな真実の言葉だけで構成されているけど、富士山を表現するにはそれが最適だったのだと完全に理解した。それ以外の言葉は全て嘘になってしまうに違いない。日本で一番大きな山を見て「高いぞ高いぞ」というのは馬鹿げているかもしれないけれど、実際にこれほど「高いぞ高いぞ」がふさわしい山は他にない。そしてその言葉しか思いつかないという意味でもあるから、つまり富士山の歌詞は完全に完成されていた。

 風穴と氷穴を覗いてから、再び周遊バスに乗って河口湖駅に戻る。バスを乗り継いで新宿に戻る。新宿から自宅に戻る。すっかり体が冷えていたので風呂に入った。風呂でなんとなく今回のことについて考えるとき、僕の脳裏に浮かぶのは、樹海と呼ばれている森のことだ。それは僕が遊んでいた故郷の森と同じように、普通の森なのだ。ある側面から見れば、たしかに他とは違うのかもしれない。けれどコペルニクスだって腹が減ればご飯を食べるように、樹海が持っている大半の要素は他の森と大きな違いはなくて、松ぼっくりが落ちているし、地面には枯れ葉が積もっているし、歩くのをやめると深い無音がやってくるから、樹海を作り出したのは樹海そのものではなく僕の頭だった。偏見を持っていたのは僕だったのだ。ギシギシと不吉な音が頭上から聞こえて、ゾッとして見上げた時、そこにもちろん人影なんてなくて、冬の日差しが密集した枝の隙間から降り注いできていた。樹海にも、きちんとその姿を照らすものがある。

 

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